電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

脳科学やメンタルヘルスの最前線を、研究者・当事者目線からお伝え。生きづらさを解消するためのプロダクトの紹介も。

社会的に孤立すると脳の成長が遅れる☆マウス実験☆

社会的に孤立していると、(仮に後から社会へ戻れたとしても)脳科学的にみて悪影響かもしれません。

今回はマウスを用いた最新研究を紹介しつつ、社会性や意思決定に、ひいてはメンタルヘルスに関する知見を紹介していきたいと思います。

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ひとが阻害された状態は、様々な研究がなされている

自分は今、ここにいない。ここに所属していない……と感じることがあります。

こうした現象を、心理学や脳科学では様々な定義・言葉を用いて捉えます。

一つには、今回紹介する「社会的孤立」という捉え方があります。

(もう一つ重要な捉え方に「離人」というものがありますが、また後日とします)

 

社会的孤立とは読んで字のごとく、属する社会から疎外された状態をいいます。

たとえるまでもなく、精神疾患の当事者たちはマイノリティであると言わざるを得ず、様々な視点で社会から疎外される場面があります。もちろん、いずれはこうした孤立は過去のものとしなければなりませんが、残念ながら現代ではまだ、疾患当事者は孤立の良い具体例となってしまいます。

人での社会的孤立はその他にも、

  • 若者が勤労できずに孤立してしまう
  • 勤労を終えた高齢の方々が孤立してしまう

など、様々な社会的要因から生じます。社会的孤立は生活に支障をきたすほかに、メンタルヘルスに多大な悪影響を与えます。

マウスの社会とは?

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さて、人の社会に関する研究が存在するのは、直感的によくわかります。ですが、マウスの社会とは何でしょうか。

実は、社会を構成する動物は結構おり、マウスもその一種です(こうした動物を社会性動物といいます)。群れをなす動物はある種、動物たちの社会を持っていると考えられるわけです。なお、動物以外にも、ハチやアリなどの一部の昆虫も社会性昆虫と呼ばれます。

さて、こうした動物を使った実験には大きな利点があります。というのも、(当たり前ですが)人間を社会から隔離したり、逆に放り込んだり……といった実験は倫理的に許されてはなりません(過去には類する実験が行われていましたが、現代では決してありえません)。社会と個体の関係を考える上で、まず動物から考えよう……という考え方は、現代ではメジャーです。

マウスはその中でも、世代交代が早いためよく使われる動物です。例えば、セロトニンが社会性を高めるといった実験は、マウスでまず行われました(Jessica J.W., et al., 2018)。このような流れで、マウスを使った社会性に関する研究がまた一歩進みました。

青年期に孤立すると、脳の発達が妨げられる

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Hintonたちは、社会的孤立の状況が脳の発達に与える影響を調べました。実験では、マウスの青年期にあたる時期に、マウスを群れから引き離して育てます(社会的孤立)。その後、ある程度発達したら、マウスを再び群れへと戻します(社会的再統合)。

こうして育ったマウスの脳を調べると、孤立したマウスの脳に特徴的な状態がみられました。マウスは社会へあとから復帰したにも関わらず、孤立しなかったマウスと比べて、前頭前皮質樹状突起の数が多くなっていたのです。

樹状突起とは、神経細胞が他の細胞から刺激を受け取るために、樹の枝のように伸びて張り巡らされた部位をさします。普通のマウスではこれらがある程度減って、効率的に情報を行き渡らせられます。一方社会的孤立をしていたマウスは樹状突起が過剰に伸びていたままだったのです。

肥満や依存症のような行動は、青年期の社会的介入で変えられるかも?

マウスが変化したのは脳だけではありません。前頭前皮質は、意思決定に関わる脳部位です。ここの機能が損なわれると、目標に向かった意思決定が損なわれてしまいます。社会的孤立をしていたマウスは実際に、肥満や依存症に繋がる行動が他の個体より増えいるという観察結果が得られました。

 

これらの結果を更に発展させれば、例えば人間の行動に対しても、思春期に社会的な介入をすることで、より良い方向へ導ける可能性があると、著者らは記しています。

引用

Eureka Alert "Social isolation derails brain development in mice"

Hinton et al., SOCIAL ISOLATION IN ADOLESCENCE DISRUPTS CORTICAL DEVELOPMENT AND GOAL-DEPENDENT DECISION MAKING IN ADULTHOOD, DESPITE SOCIAL REINTEGRATION. eNeuro, 2019