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メンタルヘルスの悪化は、小脳の炎症が原因だった? ☆ラット研究☆

うつ病は近年では「脳の病気」と言われます。うつ病の人の脳は、炎症を起こしたり萎縮していたりと、実際に構造に変化があることがわかっています。しかし、メンタルヘルスと脳の状態の因果関係は、まだまだわかっていないことだらけでした。

今回紹介する研究では、脳の炎症は本当に気分やモチベーションに影響を与えているのか? について検討しています。

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うつ病では大脳のみならず、小脳の炎症にも着目される

21世紀になるまで、人間の小脳は「運動機能だけを調整する部位」と思われていました。しかし近年、人間の小脳が運動以外の高次認知機能──すなわち、思考や感情にとって重要である、という証拠があらわれています。

2018年に登場したレビュー(Depping et al., 2018)は、メンタルヘルスの分野にも重要な証拠となっています。Frontiers in Psychiatry誌に掲載されたこのレビューでは、小脳のある領域の灰白質体積の増加が、大うつ病性障害(MDD)と関係していることを突き止めました。

このように、小脳の構造の変化が、われわれの思考や感情の機能に対し影響を与えている、と最近では考えられています。しかし、実際に人間で炎症を引き起こして研究をするわけにはいかず、小脳の変化と思考の変化についての因果関係はわからないことが多いままでした。

 

急性の小脳炎症は、ラットの「うつ病めいた」行動を誘発した

そこで今年、京都大学の研究チームは、ラットを用いてこの因果関係をつきとめる実験を行いました(Yamamoto et al., 2019)。Cell Reports誌に掲載された研究で著者たちは、ミクログリアを利用した最新の手法でラットの小脳に炎症を引き起こし、行動がどのように変わるかを観察しました。

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小脳の急性炎症は、小脳の過剰な活動を引き起こします。この過剰活動は、ラットの社会性を低下させたり、モチベーションを一時的に減衰させたりします。こうした行動の変化は、うつ病の患者で見られるような行動の変容とそっくりであると、著者らは結論づけています。

 

良いニュース:炎症が治まれば行動ももとに戻った

この研究で最も重要な点は、行動の変容が一時的なものに過ぎない、という点にあります。小脳の炎症反応(これは細菌やウイルスに対抗する免疫反応として、ミクログリアが引き起こします)が落ち着くと、ラットのモチベーションは元の状態へ回復したのです。著者らはさらに、神経の免疫反応を抑える薬を投与することで、炎症反応由来の行動変容が低減できることも確認しました。

一つの研究だけから因果関係を特定することは難しいのですが、今回の研究からはある程度、うつ病で何が起きているのか、どうすれば症状を軽減できるのかについて明らかにされたといえるでしょう。これまでの対症療法的な治療に加え、根本治療に近い手法が開発される日が待ち望まれます。

引用

M. S. Depping, et al. (2018). Cerebellar Contributions to Major Depression. Frontiers in Psychiatry.

M. Yamamoto, et al. (2019). Microglia-Triggered Plasticity of Intrinsic Excitability Modulates Psychomotor Behaviors in Acute Cerebellar Inflammation. Cell Reports.