電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

脳科学やメンタルヘルスの最前線を、研究者・当事者目線からお伝え。生きづらさを解消するためのプロダクトの紹介も。

うつ病への薬効を予測するAIは、絶望から患者を救えるか

うつ病の一部には、抗うつ剤が効かないことがあります。しかし、効かない薬でも副作用は出てしまうため、ミスマッチな薬の投与は患者さんにとって非常にストレスがかかります。

今回は「顔に対する脳の反応」を機械学習で解析することで、あらかじめ薬がどの程度効くかどうかを予測できる、という研究結果を紹介します。

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うつ病にどの薬が効くか、診断段階ではわからない事が多い

うつ病、とひとくくりに言っても、特定の抗うつ剤がよく効くこともあれば、薬が全く効かないこともあります。これがなぜなのか、メンタルヘルスの専門家や脳科学・精神医学など様々な分野の専門家が取り組み続けていましたが、確固たる理由はわからずにいました。

何より、精神や気分に作用する薬はそれ自体、作用の仕方が非常に難しいものです。よく使われる薬でも実のところ、具体的にどのような症状に一番効きやすいのか、不明瞭なこともあります。

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もちろん、医師や専門家は有効な治療法を常に探し続けています。一つの薬が効かないとわかっても、他の薬をどうにか試したり、心理療法など取れる手段を力の限り尽くします。しかし、治療法には副作用がつきものです。試行錯誤の間に、どうしても患者さんの体力や気力が消耗してしまい、「もう治らないのではないか」という絶望に苛まれる方も少なくありません。

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何より、単なるうつ状態では、うつ病双極性障害のうつ症状との区別がつかない問題もあります。うつ病双極性障害では、出すべき薬はまるで違います。このように、症状ベースでの診断では考慮すべき変数が非常に多く、こうした難しさがいつも専門家を悩ませてきました。

 

”悲しい”笑顔を見たときの脳画像が、うつ病への薬効を予測する

Nature Human Behavior誌に掲載された研究では、この診断の問題に対し、脳画像への機械学習を使って一つの基準を提案しています。UTサウスウェスタンのTrivedi博士らによって主導されたこの研究では、感情的葛藤(emotional conflict)と呼ばれる反応を引き起こしたときの脳活動から、うつ病へ薬が効くかどうかの予測を導いています。

感情的葛藤とは、かんたんに言えば「悲しいのに笑顔の人」を見たときの、「どっちだろう?」という心や脳の反応を指します。もともとうつ病の人では、この感情的葛藤を感じたときの脳の反応が健康な人と異なっていると指摘されていました(例えばJ. Zhu et al., 2018)。

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新しい研究では感情的葛藤に対する脳反応の差を更に突き詰めます。すなわち単なる「違い」のみならず、「健康な人の脳反応」に対し「健康な人より強い脳反応」「健康な人より弱い脳反応」でグループ分けをしました。ただ反応が違うのではなく、「どう違うのか」に焦点を当てたわけです。

そしてそれぞれに対して、偽薬(薬効のない錠剤を飲んでもらう条件)と薬(セルトラリン)を飲んでもらったときの、薬の効き具合を確かめました。偽薬を飲んだ人は、自然な治癒力で良くなった分だけの効果があり、薬を飲んだ人は、薬効分さらに治るはずだ……という確かめ方です。

驚くべきことに、「健康な人より弱い脳反応」を示した患者たちは薬の効果が見られたのに対し、「健康な人より強い脳反応」を示した患者たちは、薬の効果が見られませんでした(偽薬と差がありませんでした)。これは、以前より見られた「薬が効く人と、効かない人がいる」という現象を説明できる、強い証拠といえます。

脳画像検査が、飲むべき薬を予測できる時代が来るかもしれない

著者らはこの結果から、脳画像検査やその他の検査(血液検査)など、複数の検査を組み合わせることで、初めて適切な治療が選択できるかもしれない、と述べています。

うつ病の身体的な側面(脳や、身体で起きている反応)を見ることで、気分の問題を治すことにつながる、そんな検査がいずれ作れるかもしれません。これは、霧の中を手探りで探すような「薬の相性」の問題を、再現可能な検査のレベルまで引き上げる、画期的な治療法探索につながるかもしれない、非常に未来のある研究結果だといえるでしょう。

引用

J. Zhu et al. (2018). Neural Basis of the Emotional Conflict Processing in Major Depression: ERPs and Source Localization Analysis on the N450 and P300 Components. Front Hum Neurosci.

G. Fonzo, ..., M. Trivedi. (2019). Brain regulation of emotional conflict predicts antidepressant treatment response for depression. Nat Hum Behav.