電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

脳科学やメンタルヘルスの最前線を、研究者・当事者目線からお伝え。生きづらさを解消するためのプロダクトの紹介も。

望む心を手に入れる機械は作れるか? :気分を操るブレイン・マシン・インターフェースの提案

脳・神経系に機械を接続して人間の能力を拡張したり、補償したりするブレイン・マシン・インターフェースは、近年凄まじい勢いで発展しています。

julife.hateblo.jp

現在のブレイン・マシン・インターフェースは、マウス操作や機械の操作といった運動(motor)がメインです。これに対し、ブレイン・マシン・インターフェースを「メンタルヘルス(mood)の操作にも適応できないか?」と提言した論文が、神経科学系で非常にインパクトの高い雑誌であるNature neuroscience誌に掲載されました。

生きづらいほどに気分が悪化したのを検知して、マシンが気分を整えてくれる……そんな未来を感じさせる研究を、今回は紹介いたします。

 

従来のブレイン・マシン・インターフェースは運動系と接続する

運動ができなくなってしまう症状は、大きく分けて2つの原因があります。一つは、単純に筋肉や骨など、物理的な(機械的な、とも呼びます)損傷によって運動機能が阻害されるものです。

そしてもう一つが、今回紹介する神経系の損傷に由来する運動の麻痺です。筋肉や骨などのハードウェア部分はある程度無事なのに、ハードウェアへ信号を送る神経系がこわれていたり、断裂していたりしてうまく動けない、という症状があります。つまり、

  • 脳信号→神経→筋肉→脳……

というループが、神経の損傷によって壊れてしまっているわけです。

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これに対し、ブレイン・マシン・インターフェースは、壊れた神経系を”迂回”するような形で、

という新しいループ(閉ループといいます)を作ります。

例えばある種のブレイン・マシン・インターフェースは、脳信号を読み取ってマウスカーソルを動かします。つまり、首から下が動かなくとも、望むマシン操作が行えるようになるわけです(筋萎縮性側索硬化症ブレイン・マシン・インターフェースの話題がよく組み合わさるのは、その相性の良さゆえです)。

脳とブレイン・マシン・インターフェースの関係は、

と整理することができます。

要するに、脳信号が、ブレイン・マシン・インターフェースを通じてコンピューターを操作する……というわけです。

気分を動かすためにブレイン・マシン・インターフェースを使えるという提言

さて、では本題のメンタルヘルス(気分)を操作するためのブレイン・マシン・インターフェースについて考えていきます。といっても、一般に気分というものはなかなか自分で(脳で)操作する事はできず、どちらかというと自発的に湧き上がってくるものです。

したがって著者は、いっそ、制御する側・される側を逆転し、脳を操作するインターフェースを作ってはどうか、と提案します。

すなわち、以下のような関係です。

  • コントローラー(制御する側):ブレイン・マシン・インターフェース。特に、デコーダー(脳信号から気分を読取る装置)と、フィードバックコントローラー(望む気分へ誘導するような刺激を与えてくれる装置)。
  • プラント(制御される):脳。特に、気分に関わる部位

このように、「ブレイン・マシン・インターフェースに脳を制御させる」ような、閉ループを形作ることができるのではないか、というのが、著者の主張です(図も参照)。

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Shanechi, M. M. (2019). Fig1より

この気分を操るブレイン・マシン・インターフェースにとって、脳は

  • 気分の状態を表すモニターのような役目
  • フィードバックを受け取って、気分を受動的に変化させる役目

の2つを持っています。このブレイン・マシン・インターフェースには意思の力のようなものは必要なく、事前に定めた「この気分でいたい」という要望にのっとって、半ば自動的に気分を調整してくれるというものです。

倫理的にはさておき、「望まぬ気分が続いてしまう」うつ病双極性障害などの疾患にとって、こうした脳を整えるインターフェースが有効ではないか、ということはいえるでしょう。

課題の先の未来のため、困難な問題も徐々に解かれつつある

気分を司るブレイン・マシン・インターフェースにはハードルがいくつもあります。まず、運動と違って、気分は目に見えない(報告してもらうしかない)ものです。したがって、「うまく気分が操作できたかどうか」も、主観に依るものとなってしまいます。

また、特定の気分を表す脳活動も、全てがわかっているわけではありません。うつ病双極性障害をはじめとして、多くの疾患が持つ特徴的な脳活動について調べた多くの研究がありますが、「この脳活動だから、この気分」と一対一に対応した関係はなかなか見つかっていません。

しかしながら、こうした課題は徐々に解かれていくのかもしれません。著者がレビューした研究(Sani O. G. et al., 2018)では、眼窩前頭野帯状回扁桃体を含むデコーダーの構築により、

  • 主観的に、参加者が報告してくれた気分
  • 脳活動から予測(デコード)できた気分

の2つが高い相関(ρ= 0.75)を持っていました(すなわち、自分で答えてもらうまでもなく、ある程度脳活動から気分を読み解くことができた)。

更に、特定の気分を維持したい場合、気分に関わる脳活動に対して、フィードバックを適切に行う必要があります。しかしこのフィードバックに関しても、刺激のインプットとそれに対する反応をモデリングしてうまく調節するというモデルが作られつつあるようです(例えば、Yang Y, Connolly A. T. & Shanechi M. M., 2018)。

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望まぬ気分を調節するというのは、メンタルヘルスの安定においては至上命題です。薬に頼らずにマシーンでメンタルヘルスを調整する時代も、そう遠からず来るのかもしれません。

引用

Maryam M. Shanechi. (2019). Brain-machine interfaces from motor to mood. Nat. Neurosci.

Sani O. G. et al. (2018). Mood variations decoded from multi-site intracranial
human brain activity. Nat. Biotechnol.

Yang, Y., Connolly, A. T. & Shanechi, M. M. (2018). A control-theoretic system identification framework and a real-time closed-loop clinical simulation testbed for electrical brain stimulation. J. Neural Eng.