脳は電脳を駆ける:Neuralinkがブレイン・マシン・インターフェースの未来を切り開く
念じただけでPCやスマホを動かしたり、メールの着信音が直接頭に響いたり。超能力のような未来の実現を目指す技術を、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI/またはブレイン・コンピューター・インターフェース:BCI)と呼びます。
今回は、脳科学企業Neuralinkが、このBMI実現に向けて大きな一歩を踏み出したことを紹介いたします。
BMIは、来年には登場する?
ここで話題にしたいのは、イーロン・マスク率いるNeuralinkが、「来年にはBMIを使い始めるかも」という次元まで研究を引き上げた、その革新性と有効性についてです。
Neuralink | Complete Presentation by Elon Musk 2019
2019年7月に発表されたNeuralinkのプレゼンテーションでは、主に以下の新しい内容を強調して語られています。
- 神経活動を直接測定・刺激できる糸電極を開発
- 糸電極1024本を、脳に自動的に縫い付けるミシンロボットの開発
- 2020年には脊椎麻痺患者の運動・体性感覚をコードする領野に実際に電極を埋め込み実験開始
科学者としては1,2が、実務家としては3が非常にインパクトが強い話で、なぜこれらがすごいのか? を簡単に紹介したいと思います。
※BMIとは何か、これまでのBMIはどのようなものがあるか……、については、Neuralismの記事(http://neuralism.hatenablog.jp/entry/2018/05/06/211541)が大変詳しいので、ここでは紹介にとどめることとします。
糸電極とミシンロボ:科学者の「あったらいいな」を実際に開発した工業力
大前提として、脳神経は表面だけでも無数に存在します。これらの脳活動を正確に測ったり、逆に脳活動を引き起こしたりするためには、理屈の上では「神経の数だけ」電極を差し込み、一つ一つ計測・操作する……というのが理想になります。
しかし実際のところ、無数の電極を刺す、という試みには数々の困難がありました。
- 電極が太すぎて、1本の神経に刺せない(数十〜数百本単位をまとめて計測する)
- 刺せたとしても誤差がある(人間が手術をするので、ヒューマンエラーが起きる)
- 電極を刺せても、拒否反応で長時間計測できない(なんども刺し直しが必要)
- そもそも、頭を開いて電極を刺すという倫理的な問題(脳波などで代用するか、患者さんに協力してもらうしかない)
特に最後の倫理的な問題は大きく、
- 頭を開けない(非侵襲と言う。詳細は後日)方法での代用
- てんかん患者さんなど、もともと治療で電極を埋め込んでいる人の電極を使わせてもらう
といった、誤解を恐れず言えば「不自由な」状況でしか実現しません。
当然ながら、研究・産業問わず、この倫理的問題を放置して勝手な開発を行うわけにはいきません。この制約ゆえに、特に産業では「頭を開ける(侵襲という)方法は無理なんじゃないかな」「別の方法でなんとか頑張ろうかな」というムードが漂っていました。
このムードを、
「いや、頭を開けてやりましょう。電極刺しましょう」
と振り切った意思決定をしたNeuralinkの決断・そしてそれを可能にした工業力は、研究者視点で見てもたいへん驚くべきものでした。上記の問題については一つ一つ解決していて、
- 1本ずつ刺す
- ロボットと機械学習で精密に手術を行う
- 拒否反応が起きにくい(と主張している)素材の開発
- 倫理的問題のために、まずはきちんと患者対象の実験
‥‥と、非常にまっとうな(地道な)方向で開発をしていくようです。
Neuralinkは、この技術の実用実験を2020年に、脊椎麻痺の患者さんたちを対象に行うとしています。イーロン・マスクなので「まずは自分から」となるかと思いましたが、そこはきちんと医療用の技術開発メソッドに則って行うようですね。
2020年の実証実験がうまく行けば、随時我々のもとにBMIが届く日が近づくといえるでしょう。
BMIでわれわれは何ができるのか?
さて、ここからはちょっと未来のお話。
BMIが実際に実現していくとして、我々はどんな恩恵に預かれるのか? について、少し思いを巡らせてみましょう。
というのも、私が所属する某脳科学LINEグループでも
「で、実際に何が嬉しいの?」
というのが話題になっており、リーフなりに一問一答をしてみようと思ったのです。
Q.マトリックスのような世界が来る?
現状Neuralinkの技術は、「体性感覚」「運動」のInput/Outputに特化しています。
つまるところ、指を動かしてタッチする、触ったものを感じる‥‥という技術ですね。
したがって、例えば電気的に目の前の風景が変化させられたり、聞こえないはずの音が聞こえたり‥‥という技術は、NeuralinkのBMIには(現状)含まれていません。
マトリックスのようなダイブ型の世界というよりは、例えば「念じて動かすマウス」「クリックすると触った感じがするカーソル」のような、人間-コンピュータ接続のような未来が先にくると考えられます。
Q.遠隔操作ロボットにダイブできる?
こっちは、VR技術と組み合わせるとかなり妥当のような感じがします。
視覚: 360度カメラ→VR
聴覚:マイク→スピーカー
触覚:BMI
運動:BMI
と、味覚嗅覚以外の情報は扱える可能性が出てきます。
例えばオリィ研究所のオリヒメロボット(https://orylab.com/product/orihime/)のように、現状でも素晴らしい遠隔操作技術はありますが、これに扱える感覚が増えていく‥‥という感じで発展していくかもしれません。
Q.歳を取ると加速してしまう時間感覚を、BMIでもとに戻せるか?
ここからだんだん夢のある話になっていきます。
まずこれは、脳のもつ感覚になんらかの作用を与えられるのか? という問いと、ではそれは「時間感覚」という感覚にも作用できるのか? という問いに分けられます。まずは前者からお答えすると、YESです。
視覚や聴覚・いわゆる時間感覚など、脳神経系のシステムに作用しするための技術は「脳神経刺激」技術と呼ばれ、tES(経頭蓋電気刺激)、TMS(経頭蓋磁気刺激)、DBS(深部脳刺激)などの手法があります。
ただ、BMIはあくまで「神経の延長」、脳神経刺激技術はどちらかというと「神経への作用」なので、今回のBMIの話とはまた独立に考えられる話です。
さて、肝心の「時間感覚は子供の頃に戻せるか」ですが、これは「わからない」という答えになります。
というのも、「時間感覚」は視聴覚などの五感や内臓感覚と違い、未だに「どこが表現しているのか?」が完全にははっきりしていません(もちろん他の感覚も、完全とは言えないのですが‥‥わかりやすくこのように表現します)。
したがって、
「どこにどういう電気を送ると、子供の頃の時間感覚がもてるのか?」
ということも、今後の研究で明らかにしていく必要があります。
そもそも、「子供の頃の時間感覚」「大人の時間感覚」の質的違いが、脳内ではどう表現されるのか? ‥‥という問い自体が、研究でも新しい問いのように思え、面白く感じられますね。
在りし日の思い出のように、一日は長く、日が暮れるまでゆったりと時の経過を感じられる‥‥という未来が、脳刺激技術でもたらされるとなると、とても郷愁的で、夢のある話に思えます。そしてその夢がひょっとしたら手の届くところにあると考えると、とてもワクワクしてきますね。
NeuralinkのBMIは脳技術のさきがけになる
だんだんとりとめなくなってきたところで一旦まとめると、とにかく「Neuralinkがかなりの確率でBMI技術を牽引する!」ということです。
もちろんインターネットやスマホ、XR技術のように、ある程度成熟してくるとプラットフォーム争いのような様相にもなるでしょうが、それの一番槍を務めるのは、Neuralinkの発表の延長にあるのではないか‥‥そう思える記者会見でした。