電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

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脳波は脳の「同期の波」:眠りや感覚を読み解く信号

脳の機能を測ってみましょう。
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そう言われた時、多くの人は「脳波を測るの?」と思うことでしょう。
実際に、脳波とは脳科学神経科学・心理学において非常によく使われる信号で、脳内の活動を表すよい指標として研究・臨床ともに扱われています。
しかし、脳波とは何か。と言われると、答えられる人はほとんどいないと思います。心の中を読めてしまうのでしょうか。それとも、体温や血圧くらいの意味しか持たないただの数値なのでしょうか?
今回は基礎的な部分として、脳波とはそもそもどんな信号なのか、どんなことはわかって、逆にどんなことはわかりづらいのか、を紹介していきましょう。

そもそも脳波ってなんの波

脳波とは端的にいうと、頭皮上に現れる、電気的な変化のことを指します。この電気的変化(電位変化)が波のように規則性を持つので、脳「波」と呼んでいます。
 
動物の脳波は1875年に、人間の脳波も1924年には計測されています。しかし人間の脳波は当時の生理学界隈には「ただのアーチファクト(ノイズ)だ」として受け入れられず、本格的な研究が始まるのは10年経った1934年からです。
本格的な運用からは85年程度の信号ですが,fMRIなどの他の技術に比べるとやはり古くから調べられており,様々な証拠が蓄積されています. 
 

なぜ電気的な変化が生じるのか

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脳波の変化は、おおもとは神経活動の痕跡(興奮性シナプス後電位:EPSP)です。1つの神経細胞は、信号を送りあうときに電気の流れを生じさせます。1つの電気の流れは計測できない程度に小さいのですが、いろいろなところで活動している電気が数百万個単位で同期すると、脳波として計測することができるのです。(なお、頭皮上の電位変化は神経活動由来の電位変化そのものではなく、神経の電気変化→磁気変化→電気変化、と段階を経てあらわれたもの)
さて、そういうわけで「脳波の強さ」はおおまかには「神経の同期の強さ」であって、脳活動自体が強い、弱いとはまた別の次元の話です。たとえば計測できた脳波が弱いとしても、単に同期がずれているだけのこともあり、「脳が活動していない」とは限らないわけです。

 

リズミカルな脳波,トリガーで動く脳波

脳波は大きく分けて2種類あります.
1つは,特定のリズムに従って測定される,律動(oscillation). いわゆるα波(10hz程度のリズムを持つ律動)などが含まれます. そしてもう1つは, 何か外の世界でイベントが起きたときに, それに呼応して生じる事象関連電位(ERP)です.
律動のリズムは, 脳の奥深くにある視床という部位がスイッチを切り替える役目を持っています.視床からの信号のリズムが, 律動のリズムに対応していると考えられています.
事象関連電位は, 外の世界でどんな刺激が起きたかによって, どんな波になるかがある程度決まっており, 有名なものには名前が付いています. 例えばP300という脳波(300ms後にポジティブ方向にERPが出現するためこの名前がついています)は, 何か集中して探し物をしているとき, その探し物を見つけると出現する有名なERPです. P300は,特定のブレイン・マシン・インターフェース(リンク)にも応用されています.
 

脳波という同期率の信号は、脳活動の何を反映しているのか?

脳波からわかる一番身近な活動は、睡眠の深さです。
一般に、睡眠が深いほど脳波はゆっくりとしたリズム(α波よりゆっくりの波という意味で、徐波と呼ばれます)になり、浅い睡眠だと起きているときと同じくらいのリズムになっているといわれています。逆にこのリズムを見ることで、睡眠の深さという「意識にはのぼらない情報」を計測することができます。
ちなみに、なぜ睡眠が深いほど脳波のリズムがゆっくりになるか、はある程度の生理学的な根拠が知られています。非常に大雑把な説明ですが、人間が眠ると、脳の奥深く(脳幹網様体)の信号によって視床の電気状態が変化します(過分極する)。このために、視床が刻むリズムがゆっくりになり、脳波もゆっくりした律動になる‥‥という関係だ、といわれています(下図。飛松、2014より)。
 
ちなみにこの睡眠リズムは、最近では脳波だけでなく、血圧変化(Apple watchなど)や体の動き(スマートパッドなど)でも計測されています。脳神経→自律神経→体の変化、という段階を踏んで、脳科学がライフスタイルに寄与している好例といえます。
 
また最近の研究では、α波は、目から入った画像信号のやりとりと関係している、とも言われています(e.g. Minami & Amano, 2017)。
いずれにせよ脳波は意識に上らない反応を見る強力な手段の一つで、口で言えないことも脳波で拾える可能性があるわけです。 

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脳波実験をしたところ、自由意志の存在が否定された、ようにみえた

さて、今後の話題に関連して、一つ有名な実験を紹介します。
ベンジャミン・リベットの研究で、「動くぞ、と考える前に、動かそうとする脳波が出た」、だから人間の意思とは気のせいにすぎないのだ‥‥という言説が、一時期流行しました。一時期、というのはもちろん、この実験からそこまでは言えない(むしろ、自由意志の性格をより確かにしてくれた)のですが、とにかくインパクトの大きい実験であったことは確かです。
この実験は、運動準備電位という「運動をする前に出る」ERPを用いたものです。リベットの実験では、「指を動かすぞ」と思ったときに、指を動かし、かつその時の時間を報告するように求められました。そして同時に、参加者の脳波を計測し、「脳波」「動かすぞという意図」のどちらが早いか、を比較しました。
すると上のように(図は高橋、2017より引用)、脳波の発生開始<動かすぞという意図<実際の動き、という時間関係になり、「はて、意図は脳波より遅いなら、我々の意図とは”あとづけ”にすぎないのでは?」と思われ始めたのです。
 
この話題はしばらく続き、リベット自体が追試・反証を試みたりしたのですが、その「自由意志」の話題については、別の記事で紹介することとします。

意識の外側を覗く道具・脳波

ここで大事なのは、脳波が脳活動由来だからといって、必ずしも「イコール、意図」ではないということです。脳波は逆に、意図しない部分や、より生き物として基礎的な活動を拾ってしまうがゆえに、われわれの知りたい心の機微について触れることができなかったり、誤解を与えるような信号を返してくることがあるのです。

脳波は手術も必要なく、比較的装置も安価で簡単に取れる信号ゆえによく使われがちですが、その性質上、何を測っているのかしっかり仮説立てないといけない、わがままな信号でもあるのです。

引用

Minami, S., Amano, K. (2017) Illusory jitter perceived at the frequency of alpha oscillations. Current Biology 27 (15), 2344-2351.

飛松 省三 (2014) 脳波リズムの発現機序., 臨床神経生理学. 42 (6), 358-364.

高橋裕和 (2017) 『続・メカ屋のための脳科学入門 記憶・学習/意識 編』日刊工業新聞社.

 

脳科学の著名トピックに関して、簡潔かつ正確にまとめた名著です。