電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

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こころを治しても、環境を治してもよい:素因ストレスモデルで精神疾患を分解する

精神疾患・心の病とははたして、何が原因の病気なのでしょうか。当事者としても、メンタルヘルスの悪化に対してつい「自分のこころの甘えなんだろうか」と考えてしまい、辛くなることがあります。

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しかし心の病というからには、気の持ちようのようにも見えますし、神経病、と書くと、今度は単なる身体疾患のようにみえます。なぜこのように、内的要因・外的要因が様々に絡み合った認識をされていったのでしょうか。

異常心理学の領域では、メンタルヘルスの不調は「両方が原因だから」ととらえるのが主流となっています。本記事では、精神疾患メンタルヘルス)を内的要因=心の性質、外的要因=環境・ストレスの2つに分けて分析する、素因ストレスモデルについて紹介します。

当事者としては、「自分のせいだけじゃない、変えられるところを変えれば、ずっとこのままでいなくても良い」という方向で、現状に少しでも光が差し込めばと思います。

 

精神疾患の歴史:二転三転する症因論

精神疾患とは、何が原因か? 実のところ、この認識は歴史を経て二転三転します。

はるか紀元前にヒポクラテスは、「悪霊のせい」とされた精神疾患を「脳の病気である」と看破し、精神疾患を身体疾患の領域へ引きずり下ろしました。しかしその後中世にいたると一転し、精神疾患は「悪魔の仕業」「魔女」とみなされます。

近代の啓蒙思想以後ではそうした所業に対し、ウィリアム・トゥーク、フィリップ・ピネルといった「精神疾患者を人道的に処遇せよ」する実践家が現れます。その後現代にかけては、クレペリン精神疾患の類型化やフロイト、アドルフ・マイヤーの分析を経て、「薬で治るもの」「物質的・身体的なもの」であると再び認識されるようになっていきました。

第二次世界大戦後には、身体的な治療に加え、地域精神医療と呼ばれる「環境を改善して発生を予防する」予防精神医学が、キャプランを中心に発展します。日本においても、戦後にこうした精神医学が流入し、1950年には精神疾患を「病院で治療すべきもの」とみなす精神衛生法が施行されました。

その後は心理学や脳科学の発展により様々な調査・証拠の発見が行われていますが、いまだ発見途上の疾患・病気も多く残されているのが現状です。

認知病理学の完成とベックの抑うつ理論

上記の発展を経てもなお、精神疾患の理論(精神病理学)は、エビデンスとの対応に乏しい、単なる思想にとどまる側面が大きくありました。この流れを断ち切ったのが、メンタルヘルスに対してエビデンスと理論との橋渡しをした、ベックの認知理論です。

ベックは精神疾患をいくつかの要因に分解するとともに、分解したそれぞれの要因について計測する質問法(BDIなど)を開発し、理論が症状と実際に対応していることを示しました(図は丹野、2001)。

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ベックの認知理論では、精神疾患

  1. 疾患を引き起こすトリガー(ストレス)
  2. もともとその人が持っている心のありかた(素因)
  3. 結果として現れる疾患の(症状)

の3段階にわけて分析します(この分析自体は、エリスのABC理論に基づく)。ベックは精神疾患を、

  • うつ病になる人は、いつでもどこでもうつ病になる(素因のみが症状を引き起こす)
  • ストレスが高い環境では、誰でもうつ病になる(ストレスのみが症状を引き起こす)

のどちらでもなく、

  • うつ病になる素質を持つ人が、ストレスに晒されることで、うつ症状が現れる

という、組み合わせで生じるものだとみなし、たくみに分析してみせたのです。

なお、単語が複雑なのでかんたんに説明すると、

  • 抑うつスキーマ:普段からその人の中にある認知のあり方。「他の人に嫌われてしまえば、幸せにはなれない」といったような思考の癖。
  • 自動思考:ひとりでにポップアップしてくるネガティブな気持ち。「どうせ自分はだめなんだ、これからずっと社会に認められないんだ」というように、自分・世界・未来の3大領域で強くあらわれやすい。
  • 推論の誤り:証拠もないのについネガティブな結論を導いてしまうなど、論理的には誤っている推論を行ってしまうこと。

といった内容で、ベックの理論は

  • 普段からネガティブな思考のありようをしている人が、ストレスに晒されるとついネガティブな推論をしてしまい、結果として抑うつ的な気持ちがあらわれるのを止められず、うつ病になってしまう

といったイメージです。

様々な精神疾患が分解され、理解されていった

ベックの理論は現代までに様々に改良されており、現代ではちょっと古典的なモデルかもしれません。しかし、こうした「原因の分解」のインパクトはめざましく、様々な精神疾患が細かく、詳細に見直されることとなります。

例えば、パニック発作のような身体症状が強い疾患においても、こうした認知モデルに基づき分析がされています。パニック発作とは、なんの前触れもなく激しい不安に襲われたり、喉のつかえ、過呼吸や息苦しさなどが生じる発作です。この発作が続くパニック障害の診断基準を満たす人は2%ほどいるといわれ、珍しくない疾患です。

さて、これだけ身体症状が強いとついそれだけに目が行きがちですが、やはり素因・ストレスに分解して捉えることができます。クラークは従来のABCモデルに身体症状のDを付け加え、パニック症状の要因と症状を分解しました(図は丹野、2001)。

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この図で重要なのは、「身体症状を”大丈夫だ”と認識できれば、発作はおさまる」という、ループからの脱し方を示した点にあります。実際にこのモデルから、パニック障害の治療法(認知行動療法:CBT)が開発され、現代にまで役立てられています。

また、抑うつや不安以外に、統合失調症の妄想に関しても、素因ストレスモデルで分析されています。妄想については、下記の記事で扱ってきました。

 

julife.hateblo.jp

 

丹野(2001)は様々なモデルが素因ストレスモデルに整合的であることを示し、統合失調症の妄想や妄想に基づく行動も、ストレスフルな出来事(ストレス)と妄想のスキーマ(素因)の両方から生じることを指摘しました(下図)。

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精神疾患を変えたいとき、自分を変えても、環境を変えてもよい

これらのモデルは臨床的には当然重要ですが、われわれ当事者にとっても強い示唆を与えてくれます。

精神疾患がなんのせいであれ、いろいろな要因が組み合わさっていることは確かです。そのためわれわれには、自分自身を変えることもできれば、環境自体に働きかけて変えることもできる。

こうした発想は単なる思弁ではなく、実際に臨床の現場においても用いられている。この事実が、当事者にとっての救いになるのではないかと思い、これらのモデルを引き続き紹介していこうと思います。

引用

丹野義彦 (2001). エビデンス臨床心理学、日本評論社