電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

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こころの振れ幅に向き合う:循環気質と双極性障害

筆者も体験することですが、メンタルヘルスには「こころの波」というものがあります。ブログを書いているときは結構気分が上がっていますし、先日のように台風が来れば気分は大きく沈みます。気分には、山も谷もあるものですが、これは果たして病気なのか、不安になることもあります。

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実際のところ、こうした体験は臨床でもよく認められます。

うれしいことがあれば 気分が上がるし、悲しいことがあれば気分が沈む。このような気分の波が明らかで、自他ともに気分のむらがあると認められる気質を循環気質と呼ぶ。

(下山晴彦ら『精神医療・臨床心理の知識と技法』p62)

 この循環気質と呼ばれる性質は、結構多くの人が体験しているのではないでしょうか。そしてここで大事なのは、

これは生まれつきのもので、病気ではない。

 (同p62)

 ということです。気分のむらがある事自体は、病気ではありません。脳科学の分野でも、ある程度のむらは存在するものとして研究するもので、おかしなことではありません。

しかし、この気分のむらが大きすぎると、自分ではメンタルヘルスをコントロールできず「疾患」に転じてしまいます。今回はこの、気分の2つの山を特徴とする双極性障害について、まずはかんたんに紹介します。

なおこの記事は、今、まさに気分の揺れ動く最中の方には刺激が強い可能性があります。気分が落ち着いて、じっくり考え事ができるときに読んで頂くのをおすすめいたします。

 

気分が揺れ動きすぎる疾患は、そのレベル・方向に応じていろいろある

一般に、普段の自分から著しくメンタルのあり方が変わってしまう疾患を気分障害と称します。代表的なものはうつ病、不安障害、そして双極性障害があります。とくに双極性障害は、気分のプラス/マイナス両方を体験する点に特徴があります。

気分障害は、「こんな気分だったから、この病気だ」とすぐ決まるとは限りません。ポジティブやネガティブな体験があったとしても、それが極度でなければうつ病双極性障害とはいいません。ただし、あまりに何度も上下する場合は、上下幅が狭くても気分循環性障害として、医師と一緒に治療を探ることになります。

気分の上下幅が大きく、さらに躁状態がみとめられる場合は、双極性障害という疾患の範疇に入っていると考えられます。双極性障害は様々な人生の局面で生じる疾患で、アメリカでは人口の3%、日本でも1%ほどがこの疾患の範疇にあるといわれています(丹野ら、2015)。

落ち込んでいる(抑うつ的である)人がいたとしても、その人も双極性障害の範疇にあるかもしれない、ということには注意が必要です。何度も指摘したとおり、多くの人は気分が揺れ動きます。したがって、メンタルが抑うつに振れているだけでは、うつ病双極性障害か、判断できないという難しさがあります(躁病的な方向に振れていれば、ほぼ双極性障害と判断できます。図は松崎、2018)。

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双極性障害のこころと環境のモデル

双極性障害も、素因・ストレスモデルや、実験的手法・モデル構築などが非常に進んでいます。とくに素因・ストレスモデルは、メンタルと環境の2つの原因を組み合わせてメンタルヘルスの変化を理解するよいモデルが構築されています。

 

julife.hateblo.jp

しかし「2つの特徴がある」という点からモデルはやや複雑です。ここではまず、基礎的なこころ・環境のモデルから紹介します(図はLam et al.,1999 をもとにReiser & Thompson, 2005 が作成したもの。和訳は丹野ら、2015)。

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例によって単語がややこしいので1つずつ解説します。

  1. ストレス因子:眠りのリズムの乱れや不眠、社会生活でのストレスなどを指します。これがあると、その人の弱い部分を刺激します。
  2. 生物学的脆弱性:いわゆる「素因」で、その人のストレスに弱い部分です。脳やこころのあり方として、双極性障害へのなりやすさ、というものがいくつかあります。これが刺激されると、前駆症状(後述)を生じます。
  3. 前駆段階:まだ、双極性障害というほどではない、いくつかの前駆症状が出ている段階です。
  4. コーピング戦略の不良:コーピングとは、ストレスや症状への対処の仕方を指します(自分だけでやるものも、誰かと一緒にやるものもあります)。これがうまくいかないと、前駆症状が続いてしまい、エピソードに繋がります。
  5. エピソード:実際に双極性障害的な体験をすることです。抑うつエピソード・躁病エピソードどちらも含まれます。

このようにほかの精神疾患と同じく、双極性障害についても

  • 日常的な、ストレスフルなエピソード
  • その人の脳やこころの性質

両方が関わるということです。ただ、双極性障害は特に

  • 睡眠不足
  • 不規則な食事や睡眠
  • 運動の習慣
  • 季節の変化

など、習慣的なエピソードが大きなストレスになりうる点が特徴的だとされています(丹野ら、2015)。

双極性障害に対する治療効果の研究紹介

この記事では、治療に関しては大きく取り上げません。ただし、双極性障害は躁病エピソード・うつ病エピソードと真逆の性質をもちます。この2つのエピソードに対して、それぞれ別々の心理療法が必要ではないか、とする見解があるので紹介します(米国心理学会、図は丹野ら、2015)。

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ここでは個々の療法については取り上げません。ここでみたいのは、躁病エピソードとうつ病エピソードそれぞれに対し、高い効果(高度の支持)が認められるものは異なっている、ということです。

どの疾患についても言えることですが、その人が一番困っているエピソードを解決できるように、様々な治療法を選択していく、ということになります。なおここでは紹介しませんが、双極性障害の治療には薬物療法も高い効果が認められています。

 

気分の山と谷に向き合うということ

気分の上下自体は病気ではありません。あまりに大きな気分の上下があれば病気として治療を試みますが、それも単なる努力・気の持ちようの話ではない、という事実が、上記の研究やモデルから改めて伝わればと思います。

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次回以降では、実際に計算モデルを組み立て、「何がその人の脳で起きているのか」という計算論的精神医学の研究を紹介したいと思います。臨床では「治し方」がメインですが、こうした研究では「罹り方」を対象に分解します。要素分解が予防や治療につながるのだ、という希望を、わかりやすくお伝えできればと思います。

 

引用

Lam. D. H., Jones, S. H., Hayward, P., & Bright, J. A. (1999). Cognitive therapy for bipolar disorder: A therapist's guide to concepts, methods and practice. Wiley.

Reiser, R. P., & Thompson, L. W. (2005). Bipolar disorder (Advances in psychotherapy: Evidence-based practice). Hogrefe & Huber.

下山ら (2018). 『精神医療・臨床心理の知識と技法』 医学書院.

丹野ら (2015). 『臨床心理学』 有斐閣.

松崎 (2018). 『精神診療プラチナマニュアル』 株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル.