電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

脳科学やメンタルヘルスの最前線を、研究者・当事者目線からお伝え。生きづらさを解消するためのプロダクトの紹介も。

「納豆はうつに効く」のか?:「プレスリリース」の功罪

筆者の所属している脳科学LINEグループで、メンタルヘルスに関わるこんな記事が話題にのぼりました。

www.jiji.com

神戸大学の研究者グループがこのような発見をしたそうです。

うつ抑制分子を特定=予防食品の開発に期待-神戸大など

納豆などの発酵食品に含まれる特定のペプチド(アミノ酸の集合体)が、うつ症状で見られる行動を改善することを神戸大とキリンホールディングスの研究グループがマウスを使った実験で突き止め、明らかにした。うつ病の予防法開発につながることが期待される。論文は9日付で国際学術雑誌の電子版に掲載された。 

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さて、この記事を読んでの感想は、研究者とそうでない人々とで大きく分かれます。

当ブログの読者の皆様はなんとなく想像がついてしまうかもしれませんが、一旦このプレスリリースを素直に受け止めてから、本記事の続きをお読みください。

 

「納豆はうつに効く」!……と読めてしまう

素直にこのプレスを受け止めると、「なるほど、納豆はうつに効くんだな」「これから納豆を多めに食べよう」と感じる方もいるのではないでしょうか。正直なところ、流し読みをしていると筆者もそのように感じます。「脳科学を駆使して健康をもたらす」とか、「うつ病脳科学で治す」など、非常に聞こえの良い言葉につながりそうです。

ですが、よくよく読んでみると、別に納豆を人間が食べた実験ではありません。納豆は特に使ってないどころか、人間に対する実験でもありません。

この印象を与えたのは、一行目の

納豆などの発酵食品に含まれる 

という単なるペプチドという物質の説明文でしょう。しかしプレスリリースという文章では、このように誤解を招く文章が多発しており、結果として効果が高く見えすぎる研究のように見えてしまっています。

プレスリリースとは、ただの「報道機関向け広告」

さて、今回紹介した内容は「プレスリリース」と呼ばれるものです。

これは様々な学術機関が「こんな研究成果が出たよ」と、やや大げさに伝える文章です。いうなれば報道機関向けに出された広告で、学術的な報告とはまた毛色の違うものです(もちろん、プレスリリースされる背景には学術的な報告があってのことですが)。

今回のプレスリリースは、分解すると

  • 特定のペプチドを使ったマウスの実験である
  • 特定のペプチドは、納豆などの食品に含まれる
  • うつ病の予防法開発に繋がる

という点が重要そうです。

動物実験≠人間に効果がある

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さて、プレスリリースにはこんな続きがあります。

研究グループは、脳機能の改善に効果があると考えられているペプチドに着目。その中で、LHジペプチド(二つのアミノ酸が結合した分子)が、うつ病と関係が深いとされる細胞ミクログリアの活性化を抑制することを発見した。マウスにLHジペプチドを投与し、ストレスを与える実験で、うつ状態が軽減されることも確認した。

LHジペプチドは納豆や酒かす、青カビチーズといった特定の発酵食品に多く含まれることが確認されている。

 

どうもこの研究は、

  • マウスに対して
  • 特定の分子を投与すると
  • ストレスを反映する行動が少なくなる

という趣旨に間違いはないようです。

マウスは脳の構造がよくわかっており、世代交代も早いために人間の脳科学研究の代替として、よく使われます(モデル動物という)。しかしモデル動物研究でうまくいったものでも、人間で臨床実験を行うとうまく行かない……という結果は日常茶飯事です。

しかしプレスリリースにわざわざ「しかしまだマウスの実験なので、結果を急ぐのは時期尚早です」と書く人はいません。更にわかりやすさのために、分子の説明に人間の食べ物を使っているため、「人間に、食べ物が効く」と誤解を与えやすい文面になってしまっています。

誇大広告だからといって、研究が悪いわけではない

ただし注意したいのは、プレスリリースが誇大広告のようになってしまったからといって、それが研究がだめである、と意味していない点です。モデル動物にマウスを使うのは至極当然のことですし、分子を見つける手続きも、336種類もの分子ライブラリーを活用した非常にまっとうなものです(Yano et al., 2019)。

また、研究者としては、ミクログリア神経細胞以外の脳細胞の一種)を標的にしたのも非常に面白いです。脳科学においては、神経細胞ではない細胞が重要な役割を示していることが最近わかっており、こうした研究が進むとより脳や心の理解が進むことが(本当に!)期待されます(図は神戸大学のプレスリリースサイトより)。

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実用化されるまでは、すべては「可能性」

誤解されがちな文面に関しては、研究者はついネガティブに捉えがちです。一方で、研究の可能性がしっかり伝わらないと、世の中の人に良さをわかってもらいづらく、世知辛い話、予算が獲得できないという側面もあります。

こうしたギャップを埋めるために、サイエンスコミュニケーターなどの人々が徐々にあらわれ、たくみな説明を始めているのを伝聞します。当ブログでも、こうした説明のギャップを埋める一助になればと思います。

引用

Ano et al. (2019). Leucine–histidine dipeptide attenuates microglial activation and emotional disturbances induced by brain inflammation and repeated social defeat stress., Nutrients.