脳は寝ている間に思い出す：睡眠中の「オフライン学習」

記憶とは不思議なもので、一夜漬けして勉強しても覚えられないものが、一日眠るだけではっきり思い出せるようになったりします。むしろ寝ないと覚えない、といっても差し支えないくらいです。

こうした睡眠と学習（注：”睡眠学習”ではないですよ）との関係は、実は脳科学・神経科学の分野で非常によく研究されています。というのも、睡眠の深さとは、神経活動の状態から定義されるもので、睡眠研究と神経科学は深い親和性をもっています。

睡眠の神経科学では、興味深い出来事がさまざま見受けられます。たとえば、深い眠りにある脳細胞は、起きていたときの脳活動を模倣したような動きをすることがわかっています。「よく寝るとよく覚える」は、こうした学術的な研究からも明らかになっているわけです。

今回はこの睡眠中の学習「オフライン学習」について紹介しようと思います。

寝ている間、脳は昼間と同じ状態になる

眠っている間の脳活動をみると、昼間色々と探し回っていたときの脳活動とそっくりになる‥‥そんな研究が、古くからラットに対して行われてきました(M. WIlson & B. McNaughton, 1994)。

研究では、ラットをあちこち歩き回らせ、その時の脳活動を電極から測定しました。その後ラットが眠っているときにも脳活動を測定すると、あるきまわっていたときと類似の脳活動が測定できました。

このとき測定した脳部位は、海馬とよばれる部位です。海馬は記憶の処理部位として有名ですが、空間の認識部位としても知られています（ノーベル賞でも話題になりましたね）。ラットが特定の場所を歩いたとき、海馬の場所細胞が対応して活動するため、寝ている最中にも同じ部位の活動を見れば、オフライン学習の有無が確認できる‥‥といった塩梅です。

睡眠中の記憶の早回しが、記憶の最適化をしている

さて、寝ている最中に、何やら起きているときの脳活動と関連したことが起きているのはわかりました。ですがこれが、オフライン学習とどう関係するのでしょうか。一つの考え方として、 睡眠中の脳活動は記憶の最適化をしているのではないか？　というものがあります(D. J. Foster & M. A. Wilson, 2006)。

フォスターとウィルソンは、寝ているラットの場所細胞(特定の場所を動くときに活動する細胞）の活動を計測しました。前述の通り、寝ているラットの細胞は起きているときと同じような部位が活動します。ですがそれだけでなく、起きているときに数秒かけていた脳活動が、わずかコンマ数百秒の間に終わっていたことがわかりました！

これはつまり、寝ている間は記憶が二十倍程度の早回しをされていることになります。それも一度ではなく何度も行われるため、こうした神経活動が、記憶の最適化に役立つ（何度も活動した神経細胞は、記憶の定着が行われる！）と考えられているのです。

 余談：浅い睡眠中でも夢は見る

ちょっと本題から外れますが、よくある誤解。

よく、「浅い睡眠（レム睡眠）でだけ夢を見る」と言われますが、最近の研究ではそうでもないようです。夢を見ているときの活動は、どんな睡眠中でもある程度みられる‥‥という結果が、最近の研究で明らかになっています(F. Siclari, et al., 2017)。

ただ、たしかに浅い睡眠の方が、体が少し動いたりする様子は多く見られます。そうした現象をみて、「浅い睡眠でしか、夢を見ていない」と思うのは無理もないことでしょう。

よく覚えるためのたった2つの方法：寝る、よく寝る

一つ注意しないといけないのは、これらの実験はあくまで動物を対象にしたもので、人間に全部をあてはめられるとは限らない、ということです。しかし一方で、人間の脳もこれら動物と類似構造をかなり持っているのも確かです。動物実験からは、”ある程度”われわれの記憶について示唆を与えてくれそうです。

今回の睡眠・記憶の話から考えると、少なくともよく覚えるためには

• 寝る
• 深い睡眠を増やす

の2点が重要、ということはいえるでしょう。

眠りの計測については、スマートフォンやスマートウォッチなど様々なデバイスが「可能ですよ」と謳っています。しかしながら、これらのデバイスは当然、脳信号を直接計測してはいません。 

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 こうしたデバイスがどのように眠りを計測してくれているのか？　どう便利なのか？　‥‥については、また別記事でまとめたいと思います。

引用

Reactivation of hippocampal ensemble memories during sleep. M. Wilson & B. McNaughton, 1994, Science.

Reverse replay of behavioural sequences in hippocampal place cells during the awake state. D. J. Foster & M. A. Wilson, 2006, Nature.

The neural correlates of dreaming. F. Siclari, et al., 2017, Nat. Neurosci.

Mechanisms of systems memory consolidation

during sleep

Mechanisms of systems memory consolidation

during sleep