電脳の中の脳──脳科学・メンタルヘルスの最新研究やデバイス

脳科学やメンタルヘルスの最前線を、研究者・当事者目線からお伝え。生きづらさを解消するためのプロダクトの紹介も。

ゆらゆらと迷う脳:気持ちの迷いは目の迷い? 脳のゆらぎと個人差

ものを決める、という営みは、人間生活の大部分を占める重要な行為です。

しかしこの「意思決定」とは非常に自由で責任ある行いに見えながら、実際のところ結構いい加減に行われている……ということを、脳科学神経科学の視点から紹介します。

(自由とはなんぞや? という話については、あまりに難しいのでまた後日)

 

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意思決定とは「選択肢を選ぶこと」

ここで話題に挙げている意思決定とは、有り体にいえば「なにかを選ぶこと」です。

ラフな例としては、例えば「夕飯を和食にするか、洋食にするか?」「明日は何を着て行こうか」「今日は夜更かしして遊ぶか、明日に備えて寝るか」……といった感じです。

お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、今回取り上げるのはあくまで「AかBか」といった決め事にとどまります。例えば「ブログの話題は何にしようか」といった、選択肢自体を作るような考え事(創造的な営み)は含まれていません。これについては、また機会があれば紹介しようと思います。

いずれにせよ、われわれが生きている上ではいろいろな選択肢があり、これまでも、これからもたくさんの道を選びます。この選んだ道についてどう考えるか、あとからどう思い返すのか? について、神経科学は様々な知見を与えてくれます。

脳はふらふら迷っている? サルの頭に電極を刺してみた

さて、神経科学はその名の通り神経を扱う学問です。シャルデンという研究者たちは、選択肢を選んでいるときの神経活動を計測するために、サルの脳内に電極を刺して計測をしました(J. D. Roitman & M. N. Shalden, 2002, J. Neurosci.)。

彼らの実験では、ランダムドットの方向識別課題という、意思決定の基礎研究でよく使われるゲームのようなテストを使いました。ランダムドットの方向識別課題では、PC画面に数百個の動くドットが出てきます。例えばこの数百個のドットのなかには、右に動くものが70%、右以外の方向(上下左、など)に動くものが30%あります。

ランダムドットの方向識別課題では、このように”一つ一つはいろいろな方向に動きながらも、全部をまとめてみるとある一定の(この場合は右方向への)動きを持つドットの集団”を見せて、「平均してドットはどちらへ動いているか」を答えさせる‥‥というテストを行います。70%も右に動いていれば答えやすいですが、例えば10%程度しか右へ動かず、あとは全部ランダムに動いていると、非常に答えづらい(迷ってしまう)課題になります。

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高橋宏知『続・メカ屋のための脳科学入門 記憶・学習/意識 編』(日刊工業新聞社、2017年)

 この実験でサルは、「右だ!」と決めたときにボタンを押して回答をします。この回答をするまでの後頭頂葉の神経活動を模式化したのが、上の図です。「右だ」と決めた瞬間の神経活動レベルの高さを”意思決定ライン”とみなし(図の点線)、そこに至るまでの神経活動のゆらぎを図示しています。すると、かんたんなテストでは神経は迷わずに、素早く「右だ」ラインまでレベルを高めました。一方難しいテストでは、神経はふらふらと迷いながら、ゆっくりと活動レベルを高めていきます。つまり、われわれが「右かな、左かな」と迷うのと同じようなゆらぎが、神経活動でも現れていました。

目が迷うと、気持ちも迷う

さて、この実験でみていた神経活動は後頭頂葉のものと紹介しました。しかし後頭頂葉(より細かく言うと、頭頂間溝)という領域は、単に目で見たものの処理や計算を行う領域と考えられています。つまり、「あれ、どっちかな」というような、気持ちや心を扱う領域ではありません。上の実験ではまるで、後頭頂葉が「迷い」の気持ちを扱っているかのように振る舞っていましたが、これはどういうことでしょう。

ありうる一つの解釈として、われわれの「迷う」気持ちは、脳の単純な情報処理を評価した結果生まれている、というものです。目で見たものが曖昧にしか処理できないとき、われわれは「あ、自分は今、情報をきちんと処理できないぞ」という自己判断をします(メタ認知といいます)。この自己判断が、気持ちの迷いにつながっているのではないか‥‥と考えると、「単純な情報処理の迷い」と「気持ちの迷い」が相関してみえることに、一定の説明をつけることができます。

迷うのをやめる瞬間:意思決定には個人差がある

さて、この実験にはもう一つ興味深い問題があります。

最初の紹介で、ランダムドットの方向識別課題にはまるで必ず答えが決まっている(ある程度はかならず右に動いてくれる)かのような書き方をしましたが、実はそうではありません。この課題では、「答えの決まらない、完全にランダムなドット集団」を表示することがあります。

さて、その場合、脳はどう意思決定するでしょうか? 後頭頂葉がもし、完全に正確な視覚情報処理をしているなら、答えは「一生迷い続ける」のはずです。なにせ答えがないのですから、右かな、左かな、上かな‥‥と、ふらふらと迷い続けて一生を終えるはずです。

ですがもちろん、そうはなりません。回答不能なテストにおけるサルの神経活動は、難しいテストよりさらに迷いつつ、ある一定時間で「えいやっ」と方向を答えるようにはたらきます。言うなれば、諦めて適当な判断をしてしまうのです。

このとき、どの程度考えたら適当に決めるか? や、適当に決めるときにどの方向を選ぶか? には個人差(個体差)があります。 何秒も考え続けるものがいれば、すぐに適当に選んでしまうものもいます。いつも迷えば右にこたえるものもいれば、右と左ランダムに答えるものもいます。

この個人差は、人を対象にした実験では「性格の個人差」と結びつけて扱うことがあります。例えば、ある種の不安障害の人では、延々と考え続けてしまう‥‥といった頃合いです。少々難しいので、この人の意思決定の個人差については次回以降に扱いたいと思います。

なんにせよ重要なのは、ものの決め方は種に不変のものではなく、個人差があること。そしてその個人差は、単純なドットの動きを見つけるテストにおいても現れるような、強力なものである‥‥ということです。

ゆらぎの中で決めている

われわれは常に合理的な判断をしていると考えたいものですが、単純なドットの動く割合の計算ですら、ゆらゆらと揺らぐのが脳の特徴のようです。

最近ではむしろ、このゆらぎをうまく扱うことで、ものの決め方の特徴を掴んだり、予想したり‥‥という研究が増えています。一定の計算だけでなく、計算を終えるまでの過程全体をみつめることで、脳を理解する。そんな研究が、われわれの心の揺れ動き方についても明らかにしてくれる日が近いかもしれません。

引用

Response of neurons in the lateral intraparietal area during a combined visual discrimination reaction time task. J. D. Roitman & M. N. Shalden, 2002, J. Neurosci 22: 9475- 9489.

 

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